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オーエン:「義務教育」の父

オーエン
保育の方法として、オーエンがあげられます。ロバート・オーエンは保育にどのような実績を誇ったのでしょうか。

みなさんはロバート・オーエンという人物をご存知でしょうか?
なかなか歴史の教科書で目にするような人物ではありません。しかし、オーエンは日本だけではなく、すべての先進国と呼ばれる国では当たり前に存在する「公教育」というものの基礎を作り上げた人として知られています。
ここでは、そんなオーエンという人物と彼の功績について紹介していきましょう。

オーエンの教育観

ロバート・オーエンという人物

ロバート・オーエンは18世紀後半から19世紀のイギリスを生きた人物です。当時のイギリスといえば、産業革命の最中。それまで手作業で行われていたものが、機械作業に次々と置き換えられていく時代でした。

そんななか、子どもたちは工場で1日15時間以上という長時間の労働を強いられていました。さらに、有害で危険な作業をさせられることも多くあり、子どもたち肉体的にも精神的にも非常に厳しい状態に置かれていたのです。

オーエンはそんな時代に工場経営者という立場にありました。子どもを雇用する側の彼は、どのようにして公教育制度の成立に貢献したのでしょうか?

性格形成学院

実は工場経営者といってもオーエンはこのような子どもたちが劣悪な環境で働かされているという事実に心を痛めていたのです。

そこで、彼は10歳未満の子ども労働をやめ、スコットランドのニュー・ラナークという場所にあった自らが所有している紡績工場の敷地内に「性格形成学院」というものを設立したのです。なぜこのようなちょっと変わった名前で呼ばれているのかは、後で説明する彼の教育に対する考え方につながってくるのですが、この性格形成学院とは今でいう普通の幼稚園や学校のようなものでした。

子どもたちは年代別に「幼児学校」、「昼間学校」、「夜間学校」という3つの部門に分けられ、そこで戸外活動やお話、音楽、ダンスといった活動を行っていました。

オーエンの性格形成論

さて性格形成学院の話をしたところで、次にオーエンの性格形成論についてのお話をしたいと思います。
オーエンは「人間の性格は本来善であるが、生後の環境によっては悪くもなるので、幼児期によい環境を与えることによって、合理的な思考と行動を可能にするよい人格形成が促される必要がある」といいました。これは簡単に言えば、子どもは小さい時にいい環境にいるか、悪い環境にいるかによってその性格が変わるということを言っているのです。
この考えを知れば、なぜオーエンが工場内に作った学校が「性格形成学院」と呼ばれていたか分かるのではないでしょうか。劣悪な労働環境から一線を画した、「いい環境」を子どもたちに提供することによって、子どもたちの「性格」をよりよいものへと「形成」していく、というものだったからです。

オーエンの功績

オーエンは自身の向上だけでなく国全体として、子どもたちの生活環境の向上を図ろうと、議会に対して「工場法」の制定を要求しました。最初にこの法律が制定されたのは1802年。最初は、幼い子どもの労働時間を12時間以内に制限するだけのものでしたが、その後何度も改訂されていきました。オーエンの死後、1880年に就学義務の確立、1891年には「無償学校法」が制定され、私たちが知る「義務教育」の形が出来上がりました。

このように国家による公教育ができる以前の教育は、ほとんど教会組織によって組織された「慈善学校」でした。そこで教えられるものはもっぱらキリスト教に関する知識でした。

さらにその当時に工場経営者のような産業資本家と呼ばれる人たちの間で広まっていたのはキリスト教の一派で「ピューリタン」と呼ばれるものでした。その考えは、人間は生まれながら罪を負っており、その唯一の贖罪の方法は真面目に働くこと、だというものでした。なので、子どもの労働はもちろんのこと、体罰なども日常茶飯事だったのです。オーエンはそのような考え方から距離を置き、罰を与えず、子どもたちに愛情を注ぐことを大切にした教育を行ったという点は、彼が同じ時代を生きたほかの人々と大きく違っていた点でしょう。

おわりに

オーエンは決して学者ではありませんでした。工場を経営する中で目の当たりにした、子どもたちの劣悪な環境を変えたい、という思いがやがて、今私たちが当たり前のように受けることのできる無償の義務教育につながったのです。

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