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マクミラン姉妹:イギリスの保育学校の創始者

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「すべての子どもをあなた自身の子どものように教育しなさい。」。ナーサリースクールのモデルをつくったマクミラン姉妹に焦点をあててみました。

イギリスの就学前保育施設である保育学校の創始者として知られているのがマクミラン姉妹です。「すべての子どもをあなた自身の子どものように教育しなさい」という教えをモットーにした「保育学校」は社会的にも高く評価され、その後のイギリスにおける保育学校のモデルとされました。

今回はそんなイギリスの幼児教育に大きな革命をもたらしたマクミラン姉妹についてご紹介します。

■マクミラン姉妹の幼少期

マクミラン姉妹はアメリカのニューヨーク州で生まれました。当時流行していた伝染病によって5歳のときに父親が他界し、それを機に妹のマーガレットは、母親と姉のレイチェルとともに、両親の故郷であるスコットランドに移りました。ドイツで音楽、スイスで語学を学び、高校で心理学と生理学を学びました。ここでの学びをきっかけに、マクミラン姉妹は衛生指導の重要性に目覚め、後の保育学校で知識を活かすようになります。

■知的教育に偏っていたイギリスの幼児教育を変えた「保育学校」での教え

マクミラン姉妹は、学校を卒業してから学童診療所を開き、子どもたちの治療にも力を入れました。しかし、衛生状態の悪さから、病気が再発するケースが多く、就学以前の子供の健康教育の必要性を痛感することになります。

この経験から、マクミラン姉妹はロンドンの貧民区に、乳幼児のために自宅を開放して、共働き家庭5歳以下の子どもを対象とする「保育学校」を開設しました。お昼寝や沐浴、手洗いなどの健康管理や衛生指導に加えて、身体を丈夫にするための屋外での十分な遊びを主にした保育内容は、当時、知的教育に偏っていた幼児教育の反省ともなり、1918年のフィッシャー教育令を受けて、イギリス学校制度の最も基礎となる教育として位置付けられました。

■女性としての社会進出

 

マクミラン姉妹

 

妹のマクミラン・マーガレットは、社会進出に非常に積極的な人物でした。まだ女性が社会で活躍する人数が非常に少ない時代でありながら、その功績が認められて英国保育学校協会の初代会長に就任しました。労働運動にも積極的に参加し、「独立労働党」の創設にも携わりました。これは公立学校の設立・管理運営に携わる公選制の教育行政職で、立候補当時、女性にも選挙権のあった唯一の公職でした。

マーガレットは、党の代表として、ロンドンのブラッドフォード地区の学校のマネージャーも兼任しました。また、ロンドンにほど近い産業都市として栄えていたデッドフォード地区では、学童診療所を開き、子どもたちの治療にも力を入れました。女性というだけで批判が集まる時代に、それに臆せず子供たちの教育に力を入れて功績を残すというのは素晴らしいことですよね。

■マクミラン姉妹が影響を受けたフレーベルの思想

「幼稚園」という言葉は作ったということで知られている、ドイツの教育学者、フリードリヒ・フレーベルですが、彼の教えは「人間は幼児期から人類の一員であると認識され、保育されるべきである」というものです。

教師や親が何かを教えたり干渉するのではなく、子どもたちが自らの力で、自然と成長させていくことを大原則としていました。これは身体を丈夫にするための屋外でたくさん自由に遊ばせるマクミラン姉妹との教育方針と通じるものがありますよね。

子供たちの興味や関心の高いもので環境を整えようと、花壇や菜園や果樹園からなる庭を幼稚園に設置することが重要だと主張していたことも納得できます。

■まとめ

女性として社会進出が難しい時代に、積極的に労働運動や社会貢献に注力し、結果を残したマクミラン姉妹ですが、日本ではまだまだ知られていません。しかし、イギリスの幼児教育の根底を築き、保育の歴史に大きな影響を与えた一人なのです。近年、日本では海外の教育法が積極的に受け入れられていますので、これをきっかけに興味がある方はぜひマクミラン姉妹をはじめとした海外の学者の教えや考えに触れてみるのもいいかもしれませんね。

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